伏見奉行所 « Topics

伏見奉行所

つい136年前に私の地元伏見、それもすぐ近く奉行町で、日本の世を左右する戦いがあったと思うと、タイムスリップして当時の我が家を見てみたい欲求にかられます。

桃陵団地に下図のような奉行所があり、そこには会津藩、桑名藩、新撰組が陣を構え御香宮の官軍(薩摩藩)と相対した事は別でも書いていますが、この当時の事を調べたり、話すことは私はとても好きです。これも地元愛なのかもしれません。司馬遼太郎の『燃えよ剣』でこの地がかかれているところは、特に食い入るように読みました。奉行所町、また私の現住所の京町などが出てきました。

それによると、我が家は当時から町屋か旅籠であったようです。

伏見奉行所警衛の図

伏見奉行所警衛の図『鳥羽伏見戦 絵巻』より
伏見奉行所に陣を置く会津藩・桑名藩兵とともに、新撰組は最新軍装を整える新政府軍に向かって絶望的な突撃を敢行した。図右下、馬上で新撰組を指揮するのは土方歳三である。

桃陵団地1 桃陵団地2

現在の奉行所址です。市営住宅桃陵団地になっています。酒蔵風のデザイン(はりぼてですが)なっていて、昔の石積→コンクリート擁壁(石積調肌)に変わっています。

明治維新(1868)幕軍のたてこもる伏見奉行所は官軍の攻撃により焼け落ちた。明治以降は旧陸軍の土地となり工兵隊の基地になっていた。第二次世界大戦終了後は米軍に接収されていたがその後日本に返還された。その後市営住宅が建設された。江戸時代の奉行所の石垣と明治時代に陸軍が奉行所前の道路部分を西へ広げて建設した石垣が、この市営住宅建設時の埋蔵文化財調査で発掘されこの写真で、市営住宅入り口左にある記念プレートに写真印刷されている。

記念プレート

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